スポンサーサイト

--.--.-- --:--|スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

身近な贅沢空間

2017.07.10 15:10|断捨離
暑いですね。こんなに暑いと、脳味噌がとろけそう。

なるべくいつものペースで!と気合を入れますが、なかなか難しいです。

エアコンも、もはや何度に設定したらいいのやら、プチ迷子状態です。

はぁ~ 早くクリスマスにならないかな… などと極端なことを言ってみたり。

やれやれ。若干壊れ気味かしら。汗



さて。

先日、また自分の部屋の大がかりな断捨離をしました。

昔、IKEAで買った本棚が壊れたので、本を全部出し、必要なものだけに厳選し

一回り小さい日本製の本棚を購入して組み立て、そちらに入れ替えました。

並行して、クローゼットの中の、中サイズの衣装ケース2個と、服を処分し

本棚ごとクローゼットの中に収納しました。

場所を取っていた机も、PC作業や書き物はダイニングのテーブルですることに決め

全て分解し、処分しました。随分と部屋が広々しました。



床面積が増えたので、フローリングの雑巾がけをして

よく「大の字」になって寝転んでいます。

多くを手放したはずなのに、とても贅沢な気持ち。

風も通り、空間がなによりのご褒美です。



ここしばらく、夢中になれることがなかったので

ぽっかり空いた空間に寝転び、何をしようか想いを巡らせています。

ヨガに紅茶に… バードウオッチングなんかも気になってます^^
スポンサーサイト

断捨離の日々

2017.04.02 13:47|断捨離
|ω・`)チラッ

ごっ、ご無沙汰しております… と言っても、もう誰も見てないかも。泣



まずは近況ですが

盛り上がっていた紅茶屋さんですが、ずっと行けなくて

今週水曜日は仕事がお休みなので、病院の帰りに寄るつもりです!

親族にお目出度いことが続いて、若干、出費がかさんでいるので

紅茶教室を先にのばそうか、微妙に悩み中です。

オットに相談してみようかなぁ… むむ。



そして

だんだん趣味になりつつある断捨離、こちらは順調に進んでます。

「ものを飾ると、ホコリまみれになる」ことを

ようやく受け入れられるようになって、カンネンしました。

いや、この表現は正確じゃありませんね。

「ホコリまみれになったまま、放置してしまう自分」を

受け入れられるようになった、と言うべきでしょう。

今まで、いい気になって飾っていたものを、最低限に減らしました。

植物は生き物なので、観葉植物のお世話を最優先にできるように。

自分が管理できる限界を受け入れました。

平らな面が増えて、掃除がとっても楽です。(と、言うほどしていないけど)



シンク内の水切りバスケットをやめたり、洗い物を一時置きする水切りカゴをやめたり

使ってなかったポットやお鍋を処分したり、キッチングッズを見直したり

なんか訳の分からないラックと、それに入っていたものを、目を塞いで捨てたり

「やりたい」と思った、その瞬間を逃さないようにしながら、コツコツやってます。



ものを減らすと、減らした分だけ、維持管理する手間がなくなるし

ものが少ないと、その分、余計なアクションをしなくてよくなるし

全ては私が「面倒くさがり」なところから始まっているのだけど

少しずつ、自由を勝ち取っているような気がします。

何の規制もないのだから、ただ自分と闘ってるだけなのかもしれないけどね^^;



でも、やっぱり空間は宝です。

住居における「空間」は、私にとっての「余裕」なのだなぁ、と実感です。

空間も心も快適でいたいから、断捨離は私のライフワークとして

これからも、地道に続けていこうと思います。

霊を取り戻す

2016.08.22 16:08|断捨離
秋から、断捨離の新たなプログラムを勉強することにしました。

なぜこんなにも、断捨離に引き込まれるのか。

一言でいえば 『余計なモノを抱え過ぎている』 これに尽きます。

それは物質的なモノではなく、自分の中の、自分にふさわしくない 「思考」。

時に健康を脅かすほどの、悪影響をもたらしているとわかっているもの。

私の場合は、「手放す」 というより自ら 「投げ捨てる」 くらいの意気込みが必要で

今がタイミングという感じ。お腹の人との出会いも大きかった!



上手く言えないけど、何というか

『 霊を取り戻す 』 ←これが一番、しっくりきます。 (怪しかったらすみません)



自分の中にある 『力』 について、また

『私って何だ!』 と自己について(お腹の人と)自問自答する時期を経て

霊を取り戻そうと思ったのです。

そして、力を垂れ流さないようにするためにも、断捨離で 『入口と出口』 の機能を復活させる。



よく、わかりませんよね (^_^;) ごめんなさい。

私もよくわかんない… 上手く言い表すこともできない。

ただ、私という命の流れ、「これだ!」 と感じたいから

霊を取り戻し、自分の中心にドスン!と存在していただき、エネルギーの出入りを調整する。

後はバランス。



このすんごい台風の中

私の中のエネルギーも、ぐるぐる回っているのかもしれません。

やっぱり変な記事ね…(*_*) 読み飛ばしてくだされ~

情報の断捨離

2014.10.18 14:44|断捨離
「やましたひでこ断捨離塾」5か月め。

わたしは、毎月配信される特定のテーマに沿った音声レッスンを聞いて

課題を行うという、レギュラー会員に登録しています。

テーマは、もちろん具体的な「モノ」のこともあるし

「期待」や「口癖」のように、日々の思考にまつわるものもあります。

生活の至る所に見つかる、無意識や無自覚の集積。

それがもとになって、何だかおかしなことになっている…

そんなことって、たくさんありますね。

断捨離は意識化のメソッド。

しくみが見えてくると、自分で気付けることも多くなります。

まだまだ、始まったばかりですがσ(^_^;)



最近のわたし。

情報の断捨離が必要だな、と強く感じています。

前にもブログに書いたのに、出来ていなかったことです。



パソコン。スマホ。テレビ。雑誌。

情報が手軽に得られるのは、とてもありがたいことだけど

だからこそ、その情報が本当に必要なのか?を選択する力がないと

あっという間に、情報の渦に呑み込まれてしまいます。

「自分を知らない」とは、そもそも「選択できる目がない」ということです。



最近「自分が本当に好きなもの」が見えなくなってました。

「便利だから」「機能的だから」「安いから」「おしゃれだから」

情報で頭がいっぱいで、感性が鈍化してしまってました。



やました先生が、折に触れ仰っていること。

要(ヨウ)・適(テキ)・快(カイ)

  =自分に必要か。自分にふさわしいか。自分にとって心地良いか。

いつもこれが基準なんですね。

そして、それがわかるためには

内(ナイ)・在(ザイ)・智(チ)

  =本来自分の中にある、自分の心や身体を快い方向へと導くセンサー

これが鈍っていては、どうにもなりません。

ホコリをはらって、油をさして、復活させなくちゃ (o^-^)b



断捨離術を生活に取り入れることで、改めて得られる気付き。

本当にありがたいことです。

だから、過去を悔いることなく、失敗しちゃってた自分も責めることなく

気付くたびに前に出るこの「一歩」を、大事にしようと思います。



他の誰でもなく、自分には何がふさわしいんだろう?

それに気付いていくのは、とても贅沢で楽しい作業ですね。

皆さんを心地よくさせてくれるものって、何ですか?

どんなことに、こだわりがありますか?

もし良かったら、いつか教えてくださいね

捨てられなかったもの

2014.07.16 21:20|断捨離
わたしが「断捨離塾」に入ったきっかけ。

それは、自力で捨てることができなかったものがあったから、というお話を

先日、ブログに書きました。

それは…

「わたしの母が作ってくれた数々のもの」です。



これも昔、書いたことがあるかもしれないけど。

母は若い頃から手先が器用&手作りが大好き、なひとでした。

それを仕事にしていた時期もあります。

わたしも結婚し、一度引っ越しもして。古いものを手放す機会は何度となくありました。

でも、どうにも母が作ってくれたものが捨てられない。。。

使えるなら、いいんです。また、誰かにあげられるものなら、いいんです。

だけど、どう考えても今の時代には合わないものばかり。年季も入ってます^^;



手に取って「懐かしいな…」と、その頃の思い出やあたたかい気持ちが湧き上がる。

そんなものだったら、迷うことなく持っていられると思うんです。

でも、見ると何とな~く苦しい気持ちになって、隠すようにしまっちゃったり

かと言って「お疲れさま、今までありがとう!」と爽やかに送りだすこともできない。

この、自分でもわからない気持ちは何? 

ホントにホントに悩みの種でした。



先月、断捨離塾で「親の思いのこもったモノ」というテーマが出ました。

講義を聞き、課題に取り組み、ようやく掴みかけたこと(まだ落とし切れてないけど)は

母が作ってくれたものに、いつも母に感じている「申し訳なさ」を投影していたということ。

それは、母が思い描く女性像に、おそらく自分がなれなかったこと。

母に好かれたかったし、母の希望通りの娘になって喜んで貰いたかった…のにそれが出来ず

未だ自分を「残念な娘」だと思っていること。負い目があること。

それが、ものにまで染み付いてしまっていた…のでしょうかね^^;

また、それを捨てることに、「まるで母を捨てるような薄情な自分」を重ねてもいたようです。

無意識だっただけに、怖いですね。どこからそんな発想が出てくるものやら。

でも、身の回りのものはまさに、思考や観念の物的証拠なんですね。



結果、問題は「母への思い」であることがハッキリしました。

母に限らず、誰かの望む自分になる必要はないし(なろうとしても無理だし)

実際のところ、母がどう思っていたか?も、母にしかわからないことだし。

何より大事なのは、昔もらったものじゃなく、今現在の母とのやり取りだよね。

うん、そうだ。

理由がわかると、スポン!と抜ける部分もあって

日曜日の断捨離で、随分手放すことができました。



でもね、実は「捨てなかったもの」もあります。

前と違うのは、それらは「捨てられない」からそこにあるのではなく

意味をもって「とっておく」選択がされたもの。

何もかもが嫌な訳ではなかったんだ、というのも新たな気付きでありました^^

| 2018.06 |
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
プロフィール

Maria (sono)

Author:Maria (sono)
 感じたこと、生活の中のあれこれを
 マイペースに綴っています。
(現在、セルフ・ヒーリングがメインで
 カードリーディング等お休み中です)

 よろしかったらご覧くださいね。

 ☆Thanks☆

最新記事

最新コメント

カテゴリ

月別アーカイブ

リンク

Live Moon

カウンター

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

ページトップへ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。